朝のあいさつ

アクセスカウンタ

zoom RSS 堀内誠一の世界(1) アートディレクターとしての仕事

<<   作成日時 : 2011/09/19 18:31   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

アートディレクターとしての仕事

<ADとは?>

雑誌のアートディレクターというもの。というはっきりしたカタチは無く、10人のADがいれば10のケースがあるでしょう。

ADの仕事の大半は新しい才能の発見にあります。多くの才能を自分の感覚に接ぎ木することで(雑誌を)豊かなものにしようというわけです。「ホーキ星通信」所蔵。

雑誌の編集は少年の夢の実現。たとえば洞窟探検のように、未知のものに触れて…。

絵、写真、文章、地図、エディトリアルデザインを駆使して…。

堀内誠一がビジュアル主体の女性誌『anan』のADをしていたのは1970年3月の創刊から約2年間。

その後、パリに住みながら1980年代に、『パリからの手紙』『堀内誠一の空とぶ絨毯』の連載をアンアン誌に寄稿した。その斬新なADは、写真家、編集者、アート志向の若者に衝撃を与えた。

『雑誌づくりの決定的瞬間 堀内誠一の仕事』木滑良久 マガジンハウスより

<アートディレクターとしての堀内誠一>

 堀内さんは、編集者に非常にやさしい人であった。

『アンアン』創刊当時の編集部で仕事を教えて貰った間柄だが、“これじゃ写真が足りない”とか“この写真はよくないから撮り直して”という言葉を堀内さんの口から聞くことはなかった。

普通のアートディレクターは、まず写真家、編集者に不機嫌そうに不満をいってから、もったいぶって仕事をはじめる、という意味のないセレモニーを持ちたがる。編集部にギクシャクした雰囲気が流れる。

「写真が足りなかったら、なんとかするのがADの仕事なんだから…」。そういいたげに、堀内さんは、いつも“いいよ、いいよ、コレで…”、さっさとレイアウトの仕事にとりかかっていた。

堀内さんにとって、『アンアン』の世評高い写真も『週刊平凡』のウィークリー・ファッションの70年度版という意識はあったかもしれない。

数多くのファッション写真撮影の現場リーダーとなり、幾多の写真家との交流のなかで、この写真家と編集者に撮影をまかせたら、こういう写真が出来上がってくる、ということは体験上十分に予測できたはずだ。それよりも、ADのトゲのあるひと言が、編集部内の空気を乱してしまうことを恐れていた、といえるかもしれない。

 編集部内で、なにか揉め事があると、その夜のバーで、なにかの話のついでに、低い声で話していた。一時的な激情には、決して駆られない人だった。欲と見栄と激情と縄張り根性に無縁の人だった。

「写真が足りなかったら、なんとかするのがアートディレクター」川村都『雑誌つくりの決定的瞬間 堀内誠一の仕事』木滑良久 マガジンハウス

 堀内誠一は自分の仕事をデザイン、絵本、さしえの3つのジャンルに分類していたが、今回そのすべてにわたる、大量の原画を見る機会を持つことができた。

 堀内さんの仕事について、まず語られるのが神業のようなスピードと完成度である。これは僕自身も幾度となく目撃してきた。

たいていは夕方、編集部にふらりとやってきては、レイアウト・ルームのコップに注いだウイスキーをちびちびやりながら、その辺の紙にささっとデザイン画やカットを描いたりして、「ハイ、コレ」でお仕舞い。

あとは浅座りに腰掛けた事務椅子を左右にクルクルしながら、「ねえ、まだ終わらないの?」とかまわりに声をかけ、飲みに誘っていた。あれは、若いデザイナーたちには相当なプレッシャーだったことだろう。

 速くて、上手くて、洒脱な仕事。逆に嫌われたのは、ねちっこくてのろくして、野暮ったくて品のない仕事。言ってみれば、堀内さんの仕事とは完璧な江戸前の職人芸だったわけだ。

14歳のころから現場で磨き抜かれた、職人としての粋と矜持。それをデザイナーと呼ぼうがイラストレーターと呼ぼうが、いま印刷物となって僕たちの前にある堀内さんの仕事の数々からは、そういうさらりと感性された世界が、気持ちよく広がっている。

そしていっぽう、アートとは往々とし粋でも洒脱でもなく、ねちっこくて野暮なものなのだ。(中略)

とにかくよく旅し、よく歩き、よく飲み食べる人だった。クルマの中や、酒場の椅子に座っているときさえも、じっとしていたくないふうだった。

 奥へ。路地の奥へ奥へと踏み込んでいかずにはいられない。なにかに憑かれたようなエネルギー。見られる限りを見、味わえる限りを味わわずにはいられない好奇心。

しかもそれが、対象にぶつかっていくという取材者のそれではなく、あくまで一定の距離を保った、「飄々」という言葉の観察眼。クールだが冷たいというのではなく、陽性だがホットにもならず、そういうのが独特の歩調で、堀内さんはせきたてられるように歩きつづけた。

 キャンパスの上にではなく、どこかまだ見ぬ国の、まだ見ぬ街の路地の奥に、堀内さんはこころの闇からの出口を探していたのだろうか。

どんなに酔っても愚痴や悪口は決して口にせず、弱音も悩みも漏らすことのなかった堀内さんは、ひとりで路地から路地へと迷いこみつづけることしかないと、ずっと前からわかっていたのだろうか。

 どんな旅行作家もかなわないくらい、世界の隅々まで歩きまわっていた掘内さんだが、もしかしたらあの眼鏡の奥には、いつも同じ光景が写っていたのかもしれない。

 言葉の持つ最良の意味で、堀内さんは稀有なジャーナリストだったのだ。

「大旅行家にして、ジャーナリスト。一生涯“アーティストにならなかった”絵を描く人。」都築響一 『雑誌つくりの決定的瞬間 堀内誠一の仕事』木滑良久 マガジンハウス




堀内誠一 旅と絵本とデザインと …コロナ・ブックス 【中古】afb
古書 高原書店
発行年:2009年備考:-状態:B-サイズ参考画像はありません

楽天市場 by 堀内誠一 旅と絵本とデザインと …コロナ・ブックス 【中古】afb の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル




堀内誠一の空とぶ絨緞 (アンアンの本)
マガジンハウス
堀内 誠一

ユーザレビュー:

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 堀内誠一の空とぶ絨緞 (アンアンの本) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル

パリからの旅 【中古】afb
古書 高原書店
発行年:1990年備考:ヤケ、少シミ状態:B-サイズ参考画像はありません

楽天市場 by パリからの旅 【中古】afb の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
堀内誠一の世界(1) アートディレクターとしての仕事 朝のあいさつ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる